HISTORY

生産地であるレイテ島

生産地であるレイテ島

フィリピン中部のビサヤ地方に位置するレイテ島は、中央部の山間地域には熱帯性の気候に適した密林が生い茂り、

平野部には田園風景が広がりココナッツやバナナなどの熱帯果物が至る所に栽培されている、自然豊かでのどかな島です。

歴史的にレイテ島は、第2次世界大戦で日本軍とアメリカ軍の激戦地となり、多くの市民が犠牲となりました。

日本兵も飢えなどで8万人以上が亡くなり、今も各地に日本兵の慰霊碑が祀られています。

また、レイテ島はフィリピンでも最も貧しい島の一つと言われています。

お米やココナッツなどの農業や漁業などの1次産業でなんとか毎日の生計を立てている人や、

それ以前に定職をもたない貧しい人が多く暮らしています。

そのようなレイテ島に2013年11月、巨大な台風ヨランダ(国際名:ハイアン)が襲いました。

暴風雨による洪水や高潮によって家屋が流され、1,600万人が被災するなど、甚大な被害をもたらしました。

この台風によって、ココナッツなどの農作物が甚大な被害を受け、漁師も船を失うなど、たくさんの人が仕事を失いました。

レイテ島の貧困はさらに深刻化しています。

ココウッドプロジェクトからの発展

ココウッドプロジェクトからの発展

台風によって倒れたココナッツの木はフィリピン全土で3,400万本と言われています。

ココナッツは苗から実ができるまでに7年ほどかかります。多くのココナッツ農家が収入をなくしました。

ココナッツ専門店であるココウェルは、雇用創出を目的に倒れたココナッツの木を利用して雑貨作りを開始しました。

チェーンソーや加工機材を提供し、新たに仕事を求める人たちにトレーニングをしながら、

お皿やカトラリー、お箸などを作り、「COCO no Ki」というブランドで日本での販売を始めました。

しかし、ココナッツの木は年齢や部位によって非常に脆くて加工が難しいところがあり、品質の向上に時間がかかっていました。

乾燥方法や加工方法など、現地の職人達と共に試行錯誤を繰り返してきましたが、

製品作りは決して順調とは言えない状況でした。

そんな中、レイテ島にマホガニーという耐久性、加工性に優れた、家具や楽器にも使われる木が生育していることを知り、

このマホガニー材を使って食器類を試作したところ非常に木目の美しい、強度のある製品が出来上がりました。

このマホガニー材での雑貨作りは工場で働く人々の雇用安定だけでなく、レイテ島発の地場ブランドとして、

発展的な産業育成ができるのではないかとの想いから、新たな事業として進めていくことを決意しました。

原材料となる木、マホガニー

原材料となる木、マホガニー

マホガニー(日本語表記:桃花心木)とは、センダン科マホガニー属に属する植物の総称で、

木材としては高級家具や高級楽器などに使用されています。

近年、私有地や国立公園に自生する樹木を違法伐採さていることから、一部ではワシントン条約に登録され、

板材や原木を輸出入するには盗難品ではないという生産者の証明書類が必要とされています。

Francis+Daleでは、「ビック・リーフ・マホガニー」や「ジェニュイン・マホガニー」などと呼ばれる

Swietenia macrophylla を使用しています。

レイテ島で植林された木材を使用し、私たちでも計画的な植林を行っています。

マホガニーは成長が早く、15年〜30年で伐採できるため、温室効果ガスのひとつである

二酸化炭素を吸収することにより、地球温暖化の防止にも役立ちます。

フランシスとデール

フランシスとデール

台風ヨランダ発生の2週間後、代表の水井は被災地へ支援物資を運ぶためにレイテ等へ向かいました。

ネグロス島の地元有志たちと共に、トラックに食料物資などを詰めてレイテ島へ渡りました。

フランシスとはセブ島からレイテ島へ向かう船の中で偶然出会いました。彼もレイテ島に暮らす被災者で、

家族のためにセブ島へ食料を調達して帰るところでした。彼から台風発生時の状況や、

被災地の現状を詳しく教えてもらいました。

その後、水井が被災地へ食料物資や古着を数回にわたって届けた際には、

フランシスが家族と共に配給作業を手伝ってくれるようになりました。

それ以降倒れたココナッツの木でカトラリーを作る、ココウェルの「ココウッドプロジェクト」に

彼も参加するようになり、中心人物として雑貨の製作に当たっています。

遡って2012年。

レイテ島リバゴンに派遣された青年海外協力隊からココナッツ殻の雑貨工作工場に関する相談がココウェルに届きました。

ココナッツの殻雑貨の需要がどんどん減って職人達の仕事が減ってきているので、

需要を増やすために何かできないかということでした。

ココウェルで新しい機械を4種類提供し、より複雑で高度な雑貨作りに取り組み始めました。

その工場長がデールでした。

台風ヨランダ後には彼もココウッドプロジェクトに加わり、中心人物として活動するようになりました。

このようにして、フランシスとデールがココウッドプロジェクトを通じて出会い、

新たな「Francis+Dale」のブランドへと発展していきました。

レイテ島